大阪に済州4・3慰霊碑を建立します!

約3万人が亡くなったと言われる済州4・3事件。70周年を迎え、済州島出身者が多く住む大阪の地に犠牲者の慰霊碑を建立します。

済州四・三犠牲者慰霊碑除幕式のご案内

除幕式の日程が決まりました。多くの方のご参席をお待ちしています。
제막식 일정이 정해졌습니다. 많이 참석해 주시기 바랍니다.

 What's New!

 慰霊碑建立に至るまでの経緯を掲載しました。(2018/11/17) f:id:y-support:20181105233622g:plain
 위령비 건립에 이른 경위를 게재했습니다.(2018/11/17) f:id:y-support:20181021111935g:plain

 慰霊碑のデザインについて解説しました。(2018/11/05)
 위령비 디자인에 대해 해설했습니다.(2018/11/05)

 出演者プロフィールを追加しました。(2018/10/19)
 출연자 프로필을 추가했습니다.(2018/10/19)

【日時】2018年11月18日(日) 受付:午後1時 開式:午後1時30分

【場所】和気山統国寺
大阪市天王寺区茶臼山町1-31 TEL:06-6771-5600
【式次第】
読経
除幕
살풀이(サルプリ舞):張智恵
판소리(パンソリ「4月の物語」):安聖民(鼓手・趙倫子
합창(合唱・済州島歌謡ほか):チェラジン少年少女合唱団
풍물(プンムル):在日コリアン青年ハンマウム
노래(歌):崔相敦
  • 飲福(음복)としてお餅を準備しております。
  • 当日、式典を境内全域を使って執り行うため、いっさい駐車できません。公共の交通機関をご利用ください。

なお慰霊碑建立のため今少しの経費が必要です。ご協力よろしくお願いいたします。
詳細はこちら。

위령비 건립을 위해 좀 더 약간의 경비가 필요합니다. 협력해 주시면 감사하겠습니다.
자세한 정보는 여기서 보세요.

リーフレット

PDFファイルダウンロードはこちら。

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出演者プロフィール                          

살풀이(サルプリ舞)

張智恵(ちゃん ちえ)                              
大阪生まれ。在日3世。
10代で韓国舞踊と出会い、日本で舞踊公演活動を経て1989年渡韓し韓国人間文化財・李梅芳先生に師事する。韓国では国立劇場その他、数多くの舞台公演に出演。現在、韓国と日本を往復しながら舞台活動をするとともに、後進の指導、育成に力を注いでりる。
張智恵韓国伝統舞踊研究所代表。
韓国重要無形文化財第97号「サルプリ舞」履修者。
韓国重要無形文化財第27号「僧舞」履修者。
2000年大阪文化祭奨励賞受賞。

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판소리(パンソリ「4月の物語」)

安聖民(あん そんみん)唱者                            
大阪市生野区生まれ。関西大学文学部史学・地理学科卒。
1998年韓国留学。2002年漢陽大学音楽大学院国楽科修士課程修了。
重要無形文化財第5号パンソリ「水宮歌」技能保有者・南海星先生に師事し、2016年履修者認定。
2013年第40回南原春香国楽大典・名唱部にて審査員特別賞受賞。2016年ソウルと大阪にて「水宮歌」完唱公演。 

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趙倫子(ちょ りゅんじゃ)鼓手                            
大阪府大東市生まれ。韓国東亜大学校日語日文学科修士課程修了。
2008年より民族文化牌マダンにて活動。楽士はもとより、創作パンソリやマダン劇の脚本をてがける。

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「4月の物語」作品紹介(脚本:趙倫子、作唱:安聖民)
4・3事件当時、済州島から大阪にたくさんの人々が渡って来た。
異郷であっても4・3事件の暗い影から逃れることはできなかった。
人々は沈黙した。そして葛藤した。

「私は逃げたのだろうか?」

70年が過ぎた。
私たちは彼らを慰める言葉を持たない。
だから、私たちは彼らを忘れないことにした。
そして、彼らのことを語り伝えることにした。

彼らの物語が私たちの物語になるように。

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합창(合唱・済州島歌謡ほか)

チェラジン少年少女合唱団                            

済州島の子ども達で編成。2015年9月に創立したチェラジン合唱団は、済州語の民間広報大使として、済州語の価値を世に知らせ保存しようと努力しています。 

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풍물(プンムル)

在日コリアン青年ハンマウム                            
ハンマウム(一つの想い)を胸に、朝鮮半島の伝統音楽が大好きな在日コリアン青年が集まり、風物(プンムル)を演奏します。

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노래(歌)

崔相敦(ちぇ さんどん)                            
済州民芸総理事、芸術監督。
歴史の現場を求めて作業する「済州4・3音楽巡礼」を通して創作、公演をしている。1988年以降、在日同胞社会と交流を深め大阪4・3慰霊祭と東京の追悼の集いにも公演した。済州でも多数の4・3芸術行事を演出しており、2015年に大阪の劇団「タルオルム」10周年作品「その日=約束」で脚本と演出で共同創作に参加した。
《代表曲》「歳月」「子どもの椿の花の歌」「ススキとひまわり」「タンスイ村にて」「北村コブルラク」「ソダルオルムの恨」など。

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慰霊碑建立に至るまで

慰霊碑建立に至るまで 伊地知紀子

大阪における済州4・3犠牲者慰霊碑建立については以前から提案があり、2017年6月1日の済州島4・3事件70周年慰霊祭第1回実行委員会において検討項目にあがりました。その後、70周年にあたる2018年に日本で初めての慰霊碑建立に向けた具体的な議論が始まりました。

2018年6月9日の第16回実行委員会(第1回慰霊碑建立実行委員会)では、済州島のすべての村、178の里から石を集め収集し、碑石として献じようという案が採択され、6月22日第3回慰霊碑建立実行委員会で慰霊碑の基本デザインが承認されます。

済州4・3研究所をはじめとする多くの人びとによる献身的な協力とアドバイスを受け、8月2日から始まった石の収集は、可能な限りで各村の虐殺関連地を選び、収集の際には香を焚き、献杯をし、큰절・クンジョルを献じています。

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10月5日に最南端の馬羅里にいたるすべての石を収集し終えました。

10月5日には収集した石を大靜邑保城里の石材加工場において、現地の石職人の協力を得ながら碑に設置するための加工作業が行われました。

慰霊碑は2018年11月18日に完成し除幕式を行います。

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慰霊碑のデザインについて

慰霊碑のデザインについて 高元秀

慰霊碑には二つの想いが込められています。
ひとつは犠牲者への想いです。
およそ3万人といわれる犠牲者たちに想いを馳せたとき、
浮かんだのは2014年に済州4・3平和財団が公募し、
済州4・3の歌として制定された歌曲
「빛이 되소서−光となりたまえ」でした。
済州道本島に見立てられた台座の中央、
ちょうど漢拏山あたりに立った塔は、
光となり私たちを見守る犠牲者たちを表しており、
正三角形の塔は光の三原色に由来しています。

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もうひとつは慰霊碑の前に立つ人々への想いです。
慰霊碑には済州島すべての里(村)から持ってきた178の石が、
地図に沿って設置されています。
この石たちを前に立つ人々はなにを想うのか。
この石たちには、いまだ様々な事情で故郷、済州島の地を踏むことが出来ない方々が
碑の前に立ち、石に触れ、少しでも遠い故郷と繋がれればという想いを込めました。
また石は70〜120cmと低い位置に設置されています。
これは次世代である子たちの目の高さに合わせたもので、
慰霊の心が受け継がれていくことを祈願したものです。

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ここに「慰霊とは」の問いに答えた当実行委員会共同代表、
呉光現の言葉を記します。
「慰霊ということは?」

  • 歴史を記憶
  • 悲しみの共有
  • 後世に残す
  • 次世代に継承
  • 平和を創りだす

この慰霊碑がこれらの想いに少しでも寄与できることを願います。

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対馬・済州慰霊祭に参加して

「70周年追悼済州四・三事件予備検束犠牲者対馬・済州慰霊祭」に参加して 梁優子

済州四・三による犠牲者の遺骸は、済州島にのみ存在しているのではありません。済州四・三当時、長崎県対馬市上県町佐護湾に、数百体の遺体が流れ着きました。海岸の約500メートルにわたって打ち上げられた遺体を地元の住民が手厚く埋葬してくれました。遺体の埋葬に携わった方々のご子息の一人が、ご尊父の遺志を受け継ぎ、海岸近くに供養塔を建て、盆や彼岸に供養をし続けてくれています。2007年に建てられたこの供養塔には次のよう刻まれています。

「古より対馬海峡は波高く往来に困難をきたしていた。近年、朝鮮戦争の戦火で犠牲になった老若男女の遺体が朝鮮半島より海峡の荒波にのってこの海岸に打ち寄せた。その数は数百に及ぶものであったという。その遺骸を亡父江藤光と島の人々が協力して海岸に埋葬した。哀れな異国の魂を鎮めてやりたいという亡父の遺志を受け継ぎここに供養塔を建立する。」

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慰霊クッの様子

去る9月16日 長崎県対馬佐護湾で「70周年追悼済州4・3事件予備検束犠牲者対馬・済州慰霊祭」が開催されました。主管は「済州4・3漢拏山の会」「済州チリモリ堂ヨンドゥンクッ保存会」、主催は慰霊祭実行委員会。参加者は、済州島からの遺族も含め約80名ほどでした。当日参加できなかった実行委員長の金時鍾さんは、次のようなメッセージをよせました。

「70周年追悼済州4・3事件予備検束犠牲者対馬・済州慰霊祭によせて、残暑とはいえ今なお気息が喘ぐほどの暑さを衝いて上対馬までお足を運んでくださった皆みなさまのご熱意に、流れ着いた多くの無念きわまる遺体の慰霊祭を提唱した者のひとりとして、深甚なる敬意と感謝を申し上げます。江藤幸治さまのご尊父が弔ってくださった何百体もの漂着遺体の多くは、対岸とも言っていい釜山あたりから海流に乗って打ち寄せられた、1950年前後の無残な虐殺死体です。その中には時期を同じくして済州海峡を漂ってきた四・三事件の、恨みつきない水死体も当然含まれていたものと推測されます。なぜなら済州海峡の海流は、対馬海峡で東西に分かれ日本本州北部沖合で合流する黒潮の分流、すなわち対馬暖流とつながっており、わが国韓国と対馬地政学的にも必然の交流を生ましめる歴史性を共有してきたつながりが、そこには働いているようにさえ思えてならないからです。1950年六月勃発した朝鮮戦争は、米ソ冷戦激化の口火ともなった南北朝鮮分断固定化の戦争でした。

当時の韓国政府はもともとトルーマン大統領下のアメリカが強引に実施した南朝鮮だけの単独選挙(48年5月)によって、極東アジアにおける反共の強力な橋頭保として現出した政権でした。その李承晩政権は朝鮮戦争を前後して拘束していた40数万人からの予備検束者を「赤狗」(共産主義者の狗)として公々然と虐殺粛清しました。済州島四・三事件はまさに、そのジェノサイド的虐殺の走りともなった惨劇だったのです。日韓親善の橋渡し役を歴史的に担ってきた友好の島対馬で、犠牲を強いられた水死者たちを追悼することはそのまま、植民地統治後の日韓の実態を省みる、更なる契機ともなっていくでしょう。

無念な漂着死体を弔ってくださったばかりか、ご尊父の遺志を受け継いで供養塔まで建立されて追善供養をつづけてくださっている江藤幸治さまに、威儀を正して改めて感謝申しあげます。同じ時刻、私もふかぶかと自宅で首を垂れています。合掌 2018年9月16日 金時鐘

60余年前、数百体の遺体が流れ着いた佐護湾の光景はどのようなものであったか、その遺体はどのような凄惨な状態であったか、その遺体を一体一体を埋葬し続けた住民は何を思っていたのか、私の想像など到底及ばない地獄絵がそこにはあったのだと思います。シンバンの語りと響き渡る楽器の音色、そして色鮮やかな衣装がつくりだした慰霊クッの時空間は、死者と生者をつなぎその魂を慰めたことと思います。慰霊クッをおえると、よく分からないけど心が洗われ体が軽くなったように感じました。対馬の住民が歴史を紡いでくれたからこそ、今につながりました。感謝します。

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韓国大統領 済州4・3謝罪15周年記念展示会

済州4・3第70周年、韓国大統領 済州4・3謝罪15周年記念展示会

映像、メッセージ、済州4・3現場訪問写真などが展示されます。

と き 2018年11月16日(金)~21日(水)10:00~20:00
ところ 在日韓国基督教会館(KCC)

開会式 2018年11月16日(金)18:30

主 催 済州4・3第70周年汎国民委員会/済州4・3平和財団
主 管 盧武鉉財団済州地域委員会

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済州四・三犠牲者慰霊碑除幕式のご案内

除幕式の日程が決まりました。多くの方のご参席をお待ちしています。
제막식 일정이 정해졌습니다. 많이 참석해 주시기 바랍니다.

 What's New!

 慰霊碑建立に至るまでの経緯を掲載しました。(2018/11/17) f:id:y-support:20181105233622g:plain
 위령비 건립에 이른 경위를 게재했습니다.(2018/11/17) f:id:y-support:20181021111935g:plain

 慰霊碑のデザインについて解説しました。(2018/11/05)
 위령비 디자인에 대해 해설했습니다.(2018/11/05)

 出演者プロフィールを追加しました。(2018/10/19)
 출연자 프로필을 추가했습니다.(2018/10/19)

【日時】2018年11月18日(日) 受付:午後1時 開式:午後1時30分

【場所】和気山統国寺
大阪市天王寺区茶臼山町1-31 TEL:06-6771-5600
【式次第】
読経
除幕
살풀이(サルプリ舞):張智恵
판소리(パンソリ「4月の物語」):安聖民(鼓手・趙倫子
합창(合唱・済州島歌謡ほか):チェラジン少年少女合唱団
풍물(プンムル):在日コリアン青年ハンマウム
노래(歌):崔相敦
  • 飲福(음복)としてお餅を準備しております。
  • 当日、式典を境内全域を使って執り行うため、いっさい駐車できません。公共の交通機関をご利用ください。

なお慰霊碑建立のため今少しの経費が必要です。ご協力よろしくお願いいたします。
詳細はこちら。

위령비 건립을 위해 좀 더 약간의 경비가 필요합니다. 협력해 주시면 감사하겠습니다.
자세한 정보는 여기서 보세요.

リーフレット

PDFファイルダウンロードはこちら。

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出演者プロフィール                          

살풀이(サルプリ舞)

張智恵(ちゃん ちえ)                              
大阪生まれ。在日3世。
10代で韓国舞踊と出会い、日本で舞踊公演活動を経て1989年渡韓し韓国人間文化財・李梅芳先生に師事する。韓国では国立劇場その他、数多くの舞台公演に出演。現在、韓国と日本を往復しながら舞台活動をするとともに、後進の指導、育成に力を注いでりる。
張智恵韓国伝統舞踊研究所代表。
韓国重要無形文化財第97号「サルプリ舞」履修者。
韓国重要無形文化財第27号「僧舞」履修者。
2000年大阪文化祭奨励賞受賞。

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판소리(パンソリ「4月の物語」)

安聖民(あん そんみん)唱者                            
大阪市生野区生まれ。関西大学文学部史学・地理学科卒。
1998年韓国留学。2002年漢陽大学音楽大学院国楽科修士課程修了。
重要無形文化財第5号パンソリ「水宮歌」技能保有者・南海星先生に師事し、2016年履修者認定。
2013年第40回南原春香国楽大典・名唱部にて審査員特別賞受賞。2016年ソウルと大阪にて「水宮歌」完唱公演。 

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趙倫子(ちょ りゅんじゃ)鼓手                            
大阪府大東市生まれ。韓国東亜大学校日語日文学科修士課程修了。
2008年より民族文化牌マダンにて活動。楽士はもとより、創作パンソリやマダン劇の脚本をてがける。

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「4月の物語」作品紹介(脚本:趙倫子、作唱:安聖民)
4・3事件当時、済州島から大阪にたくさんの人々が渡って来た。
異郷であっても4・3事件の暗い影から逃れることはできなかった。
人々は沈黙した。そして葛藤した。

「私は逃げたのだろうか?」

70年が過ぎた。
私たちは彼らを慰める言葉を持たない。
だから、私たちは彼らを忘れないことにした。
そして、彼らのことを語り伝えることにした。

彼らの物語が私たちの物語になるように。

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합창(合唱・済州島歌謡ほか)

チェラジン少年少女合唱団                            

済州島の子ども達で編成。2015年9月に創立したチェラジン合唱団は、済州語の民間広報大使として、済州語の価値を世に知らせ保存しようと努力しています。 

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풍물(プンムル)

在日コリアン青年ハンマウム                            
ハンマウム(一つの想い)を胸に、朝鮮半島の伝統音楽が大好きな在日コリアン青年が集まり、風物(プンムル)を演奏します。

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노래(歌)

崔相敦(ちぇ さんどん)                            
済州民芸総理事、芸術監督。
歴史の現場を求めて作業する「済州4・3音楽巡礼」を通して創作、公演をしている。1988年以降、在日同胞社会と交流を深め大阪4・3慰霊祭と東京の追悼の集いにも公演した。済州でも多数の4・3芸術行事を演出しており、2015年に大阪の劇団「タルオルム」10周年作品「その日=約束」で脚本と演出で共同創作に参加した。
《代表曲》「歳月」「子どもの椿の花の歌」「ススキとひまわり」「タンスイ村にて」「北村コブルラク」「ソダルオルムの恨」など。

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済州4・3 70 もう一つの現場

呉光現・在日本済州4・3犠牲者遺族会会長が、済州4・3平和財団の機関誌『4・3と平和』第32号(2018年8月)に大阪での慰霊碑建立の意義について寄稿しました。日本語原文を紹介します。
済州4・3 70 もう一つの現場~在日本済州4・3慰霊碑建立に向けて~
呉光現(在日本済州4・3犠牲者遺族会会長)

日本にいるからこそ語れなかった「済州4・3」、済州人が寄り添って生きてきた大阪・猪飼野。

アボジが殺され、兄が犠牲になり、弟妹と永久に会えなくなっても泣くことすらできなかった「在日の済州4・3」。

1988年、日本で初めて済州4・3追悼集会が開かれた。東京の韓国YMCA 9階の講堂であった。150人も入れば満員の会場に300人以上が詰めかけた。立錐の余地どころか演壇の前まで人があふれた。みんな待っていたのだ! 済州4・3が生き返るのを!

1957年、私が大阪で生まれた時に金石範は鴉の死を発表した。それから17年、高校生だった私は偶然これを手に取り読んだ。「済州島の話しだ。アボジ、オモニの故郷だ」。と読みつつ済州4・3が私の目前に登場した。1974年のことである。しかし私はなにもできなかった。アボジに尋ねたが烈火の如く怒りが私にむけられた「誰に教えてもらった」と。

1988年、東京で集会がもたれた時、大阪でも集会をしようと動きがあったのを後に知った。しかし大阪はできなかった。あまりに済州人が複雑に絡み合って住んでいるからだった。それから10年後、私たち在日2、3世6名が済州4・3の慰霊祭を大阪で開いた。済州4・3 50周年の時である。「慰霊」であるならば在日1世のハンを解かねばならない。済州から金允洙シンバンを招いて行った慰霊祭は300人を越える済州人1世を初めとして500人が集まった。涙し、そしてシンバンに無念の死を遂げた身内が安らかに眠ることを祈った。

今だから言おう、大阪の慰霊祭には領事館が止めなさいと介入があった。済州4・3は語ることができなかった現実がそこにもあった。

それから20年。未だに済州4・3におびえる在日同胞もいる。しかし20年の歳月は決して短くない。済州4・3を大阪で公論化させるため多くのことをしてきた。学習会、演劇、コンサート、映画上映、済州4・3の旅……。今や在日同胞だけでなく多くの日本市民も参画する運動になった。100人に満たなかった名簿は1000名を越えるに至った。そこには済州4・3当事者の1世、遺族、2・3世以降の若い人たちの姿がある。

済州4・3は南北分断に抗する闘いだ。2018年南北の和解が進む中で私たちは70周年を迎えた。3月に国際シンポジウム「済州4・3と日本からの視点」、「済州4・3連続映画会」、朝鮮籍同胞も含めた100人で参加した「済州4・3 70慰霊の旅」。この時82歳の朝鮮籍のオモニは私にこう語った。「初めてで最後の済州の旅です」。彼女の両親の墓は二徒である。「生まれて初めて親の墓参りができた」と語る彼女のハンは解かれたのだろうか?

そして、70周年の慰霊祭は関西済州道民協会、韓国民団支部朝鮮総連支部の協力を得てこれまでにない人々が集まった。動員ではない、自主的に集まった人たちに価値がある。ここに済州4・3の和解と真相究明に馳せる思いが詰まっている。そうだ、済州4・3は二つに引き裂かれたものが再び一つになる「生きている」ものだ。

済州人の喜び、悲しみ、無念が詰まった大阪。私たちはこの歴史を残していきたい。そしていつでも済州4・3を思うことのできる印を大阪で建立することになった。

済州4・3のもう一つの現場、大阪で済州4・3犠牲者慰霊碑を立てることになった。除幕は今年の秋。20年前には想像もできなかった済州4・3の碑が大阪で建てられる。これは在日・日本人・済州人……、の力が合わさってなされる業だ。

この事業は多くの人の参与がなければ実現しない。そしてまだまだ越えなければならない課題はある。しかし私は確信している。「もう一つの現場」は又大切な現場であることを。

모금목표액 350만엔(약 3,500만원)
모금계좌:
 KB국민은행 874101-01-121151 (예금주: 김한나)
 KEB하나은행 134-891211-00207 (예금주: 김한나)

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済州島を知るための55章

済州島の社会・文化・歴史を知るための格好の入門書として『済州島を知るための55章』が出版されました(梁聖宗・金良淑・伊地知紀子共編著、明石書店より2018年9月10日発行)。慰霊碑建立実行委員会のメンバーも執筆しています。

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宣伝リーフレットは本書を次のように紹介しています。

ユネスコ世界自然遺産に登録され多くの観光客や移住者を惹きつける済州島は、古くは耽羅という独立国として東アジアの海域交流の要に位置し、豊かな神話に彩られた独自の伝統文化をはぐくんできた。同時に、中央からは「辺境の島」とされ、過酷な統治や4・3事件の悲劇という歴史も乗り越えなければならなかった。漢拏山の裾野に広がる豊かな自然、朝鮮半島と日本の狭間にあって「平和の島」をめざす固有の歴史、日本との深い繋がり――本書は、知られざれる済州島の多彩な魅力に迫る最新のガイド、済州島研究の入門書である。

本書は「済州島の自然と風土」「基層文化と伝統社会」「済州島の歴史 古代から解放まで」「日本と済州島」「4・3事件と再生する島」「済州島の「再発見」 “平和の島”の現在と未来」の6部構成で、第V部「4・3事件と再生する島」の各章は以下の通りです。

第43章 済州島4・3事件とは何か?(文京洙)
第44章 4・3事件の経緯(文京洙)
第45章 4・3事件が残したもの1――記憶の圧殺と連座制(李昤京)
第46章 4・3事件が残したもの2――済州人の離散と冷戦の犠牲(李昤京)
第47章 開発をめぐる葛藤と住民運動――市民社会の再生(文京洙)
第48章 済州島の「4・3運動」――「4・3特別法」までの道のり(文京洙)
第49章 在日の「4・3運動」(伊地知紀子・文京洙)
第50章 4・3事件の表象と追悼――済州4・3平和公園におけるモニュメント(高誠晩)
 コラム8 4・3事件の史跡を訪ねる(高誠晩)
 コラム9 在日済州人三世の4・3とマダン劇(李明玉)
 済州島アルバム5[子どもたち]

ぜひ本書を手にとってご覧いただくよう、お勧めいいたします。

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