済州四・三 72周年大阪慰霊祭

約3万人が亡くなったと言われる済州4・3事件。済州出身者が多く住む大阪では、毎年犠牲者慰霊祭を開催しています。

麗順事件の民間人犠牲者、72年ぶりに無罪判決

1948年10月19日、済州4・3鎮圧の出動命令を拒んで、麗水駐留の国防警備隊第14連隊の兵士が蜂起し、ほどなく隣接する順天をはじめとする全羅南道東部地域を占拠しました。しかし蜂起は1週間ほどで鎮圧され、その過程で蜂起を主導した左翼勢力だけでなく、多くの非武装民間人が殺害され、あるいは事件との関連を疑われて処刑されました。

この麗水・順天事件(麗順事件)をきっかけとして、当時の李承晩政権は国家保安法を制定し、徹底した粛軍措置を断行するなど、強硬な反共政策を推し進めました。一方で、蜂起勢力の一部は智異山へ逃避し、以後、李承晩政権に抵抗するパルチザン活動を繰り広げます。麗順事件は、済州4・3が本土へ「飛び火」したことで発生した韓国現代史の重要な転換点となった出来事で、現在、遺族を中心に、真相究明などを定めた特別法の制定が強く求められています。

そしてこのたび、事件から72年を経た2020年1月20日に、光州地方法院順天支部は、麗順事件の民間人犠牲者チャン・ファンボンさん(当時29)の再審で、無罪判決を言い渡しました。

チャンさんらは蜂起部隊を支援した疑いで、1948年11月に軍・警察に逮捕され、その約20日後に順天駅近くで銃殺されました。当時、軍法会議は彼らに内乱罪・国権紊乱罪を適用して死刑を宣告、執行したのです。

しかしチャンさんらの遺族は、2010年に実施された「真実と和解のための過去事整理委員会」による調査結果を根拠に、2011年10月に再審を請求しました。

地方法院・高等法院は再審を決定したものの、検察が抗告・再抗告で対抗したため、大法院が再審開始を決定したのは2019年3月21日のことでした。再審決定までに7年5カ月がかかったため、3名の遺族のうち2名が死亡し、請求者は1名のみとなっていました。

麗水・順天事件の民間人犠牲者、72年を経て無罪判決(ハンギョレ2020/01/20、日本版01/21)

麗順事件「72年」ぶりに恨(ハン)を解き…判事「涙を浮かべ」お詫び【動画】(MBCニュース2020/01/20)

麗水事件民間人犠牲者、71年ぶりに再審で「無罪」【動画】(聯合ニュースTV 2020/01/20)

[アンカーの眼]麗州事件犠牲者72年ぶりの無罪…「遅れて申し訳ない」【動画】(KBSニュース2020/01/20)

72年の恨(ハン)解けた…麗水事件犠牲者再審で無罪宣告【動画】(YTNニュース2020/01/20)

72年ぶりの「恨(ハン)解き」…麗順事件の民間犠牲者、再審で「無罪」【動画】(ニュースJTBC 2020/01/21)

麗水事件犠牲者72年ぶりに無罪…裁判部、頭を垂れ、お詫び【動画】(SBSニュース2020/01/20)

[社説]72年ぶりの「麗水事件」無罪、特別法制定せねば(ハンギョレ2020/01/20)

麗水事件72年ぶりに民間犠牲者、最初の無罪(京郷新聞2020/01/20)

麗水事件、民間人犠牲者再審で無罪…「違法な公権力」お詫び(総合)(聯合ニュース2020/01/21)

 

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