済州四・三 74周年大阪慰霊祭

約3万人が亡くなったと言われる済州4・3事件。済州出身者が多く住む大阪では、毎年犠牲者慰霊祭を開催しています。

麗順特別法制定

1948年10月の麗順事件の真相究明と犠牲者・遺族の名誉回復を目的とする「麗水・順天10・19事件真相糾明及び犠牲者名誉回復に関する特別法」が、さる2021年6月29日に韓国国会を通過し、7月20日に公布されました。2022年1月21日に施行される予定です。

麗順事件は、済州4・3への出動命令を拒否した麗水駐屯第14連隊の決起をきっかけとして、全羅南道東部一帯に拡大した民衆蜂起ですが、鎮圧過程で多数の住民が殺害されました。事件鎮圧後、残存勢力はいわゆる智異山パルチザンとして活動しましたが、朝鮮戦争の時期には左翼との関係が疑われた山間地域の住民が韓国軍により虐殺される事件も起こっています。

特別法では「麗水・順天10・19事件」を、第14連隊が蜂起した1948年10月19日から、智異山への入山禁止が解除された1955年4月1日までに、麗水・順天をはじめ全羅南北道と慶尚南道の一部で発生した混乱と武力衝突、鎮圧過程で多数の民間人が犠牲になった事件と定義しています。

特別法にもとづき、国務総理のもとに「麗水・順天10・19事件真相糾明及び犠牲者名誉回復委員会」が設置され、その議決事項を実行するため、全羅南道知事のもとには実務委員会が設置されます。委員会による真相究明調査の期間は2年で、終了後6ヵ月以内に報告書が作成されます。さらに委員会は、慰霊墓域・公園造成、慰霊塔・史料館建設などの慰霊事業や、犠牲者への医療・生活支援金支給などを推進することになっています。

盧武鉉政権下の過去清算事業では「真実・和解のための過去事整理委員会」(真実和解委)が麗順事件の真相調査にあたりましたが、地域別の申告をもとに実施されたため、事件の全体像把握には至らなかったなどの限界が指摘されています。ただし真実和解委でも調査結果をもとに、特別法制定を韓国国家に勧告しています。

2001年以降4度も国会へ発議されながら成立に至らなかった特別法ですが、関係者の粘り強い努力が今回ついに実を結びました。麗順事件は済州4・3が朝鮮半島本土に飛び火した出来事とも言え、今回制定された法律も、4・3特別法に類似した内容を持っています。今後の真相究明の動きを注視したいと思います。

麗水・順天10・19事件真相糾明及び犠牲者名誉回復に関する特別法(原文はこちら) 

麗水・順天事件特別法が可決…国家暴力の犠牲者と遺族、「73年の痛恨」晴らす(ハンギョレ日本版2021/06/30)

朴正熙政権が抑えつけた「真相特委」…四転五起の麗順事件特別法【日本語仮訳】(ハンギョレ2021/06/30)

麗順事件発生から真相糾明特別法通過まで
李承晩政権後、1960年につくられた「真相特委」の瓦解
2001年特別法初発議後、「セッカル論」(レッドコンプレックス)に苦しめられ

1948年10月19日、全羅南道麗水に駐屯していた国軍第14連隊の一部部隊員2000余名が「済州4・3事件」を鎮圧せよという命令に反発し蜂起した。一日で順天まで掌握した彼らは求礼・谷城・南原、筏橋・宝城・和順、光陽・河東方面に進撃した。

李承晩政府は10月21日、反軍討伐戦闘司令部を設置し、鎮圧に乗り出した。鎮圧軍は同月27日、麗水、順天など大半の地域を奪還した後、利敵行為者の捜索と報復が始まった。理念を異にする者たちはもちろん、隣人や友人にいわゆる「指さし銃」で示された民間人まで、反論する機会もなく、現場で撃たれて死んだり銃殺されたりした。1949年11月、全羅南道が集計した麗順事件の人命被害は1万1131名だった。

李承晩政権が倒れた後の1960年、第4代国会で「国会良民虐殺真相調査特別委員会」を構成したが、翌年クーデターで政権を握った朴正煕政権によって弾圧された。以後、被害者と犠牲者の遺族は「反共イデオロギー」に圧迫され、息を殺して暮らさなければならなかった。

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1998年の「国民の政府」発足後、民間研究機関の麗水地域社会研究所を中心に50周年を迎えた麗水事件真相糾明と名誉回復の動きが本格化した。その後、2001年4月、2011年1月、2013年2月に麗順事件真相糾明などのための特別法が発議されたが、常任委員会の敷居を越えることができなかった。第20代国会でも2017年4月から2019年1月の間、麗順事件関連の5つの法案が発議されたが、会期終了により廃棄された。

これとは別途に「真実・和解のための過去事整理委員会」(過去事委)は2005~10年、麗順関連事件730件の申請を受け、712件を処理した。しかし申請事件を中心に調査が行われ、全般的な被害状況の把握は難しかった。

順天地域の犠牲者遺族らは、過去事委の調査結果をもとに、2013年に布告令違反と内乱嫌疑の有罪判決の再審を請求し、2019年3月に大法院で受け入れられた。続いて光州地方法院順天支院は昨年1月、故チャン・ファンボンさん、今年6月故キム・ヨンギさんなど9人に対して布告令違反と内乱嫌疑の無罪判決を下し、国家の不法行為を認めた。

こうした中、昨年10月の72周年追慕祭には初めて民間人・警察犠牲者遺族が出席し、和解した。同月、全羅南道議会は「麗順事件真相糾明と民間人犠牲者慰霊事業支援条例案」を通過させ、自治体レベルの真相糾明活動の根拠をつくった。

「麗順事件は4・3の延長の歴史、今こそ「反乱のくびき」から解かれなければなりません」
インタビュー 麗水社会研究所イ・ヨンイル理事長

「法案が自動廃棄されるたびに、麗順事件がまだ反乱のくびきから抜け出せずにいると思うと気が重くなりました。」

麗水地域社会研究所のイ・ヨンイル理事長(65)は29日、「20年かかったがやり遂げた。これから麗順事件の社会的認識を変えることに努める」と述べた。

彼は麗順事件50周年となった1998年から麗順事件の実態調査と真相糾明などに打ち込んだ。地域の歴史を見つめようと95年に研究所を設立し、会員を300余名に増やした。さらに麗順事件遺族会を組織し、国民請願運動を展開した。5・18補償法と済州4・3法を比較して、特別法案に盛り込まなければならない内容をまとめ、全羅南道東部地域の国会議員らに絶えず会ってきた。

「制定が遅れた理由は根深いアカ恐怖症のためです。李承晩は麗順を赤色地帯と表現し、第14連隊に反乱軍隊の烙印を押しました。『反乱事件にどんな特別法をつくるというのか』という反感が数十年間、社会全般に広まっていました。」

同氏は「特別法の制定は国家暴力を犯罪と認めたという意味がある」と述べ、国家が作成した真相調査報告書が麗順事件にかけられた理念のくびきを解いてくれるだろうと期待した。

「麗水は済州が延長された歴史だ。4・3が真実なら麗順も同じだ。以前は別の事件として見ていた。当時の軍隊の行動も歴史が再評価するだろう。48年には軍隊が不当な命令を拒否し、80年には(光州で)軍隊が不当な命令に服従した。二つの事件がこれ以上国家暴力を繰り返してはならないという歴史の教訓を残した」。

彼は「麗順は分断史の最後のタブーであり、民族史の課題だった。この点を解決すれば分断体制も克服できるだろう」と述べ「分断体制により73年間痛恨の歳月を送らなければならなかった遺族の無念さを晴らし、犠牲者を慰霊することに専念したい」と誓った。

これからの計画に関連し彼は「特別法制定はもう一つの始まり」だとして「今回の特別法は2000年1月に通過した済州4・3特別法の内容にはるかに及ばない。制定の趣旨を生かすために、施行令制定と真相調査の進行、平和人権教育などに、市民社会の力をもってサポートする」と述べた。

[イシューキューブ]「麗順事件特別法」制定…犠牲者名誉回復に一歩【動画】(聯合ニュース2021/06/30)

「麗順事件特別法」国会通過…遺族の反応は?【動画】(聯合ニュースTV2021/06/30)
麗順事件特別法、核心は真相調査…展望は?【動画】(KBSニュース2021/06/29)

「麗順事件73年の恨(ハン)」特別法制定を通じて「和解と相生へ」(CNBニュース2021/06/28)

麗順事件特別法国会通過…済州4・3団体次々と「歓迎」(済州の声2021/06/29)

麗順事件特別法公布…真相糾明・被害者名誉回復着手(聯合ニュース2021/07/20)

[社説]加害者と犠牲者を区分しなかった麗順事件特別法(朝鮮日報2021/07/01)

保守派の反発にも注意しておく必要があります。過去清算関連の特別法成立直後に朝鮮日報が批判の社説を掲げた事例はあまり記憶にありませんが、済州4・3への「理解」を含め、保守派の論理がコンパクトに提示されています。ご参考までに。

 

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