済州四・三 73周年大阪慰霊祭

約3万人が亡くなったと言われる済州4・3事件。済州出身者が多く住む大阪では、毎年犠牲者慰霊祭を開催しています。

4・3特別法全面改正案、国会通過

さる2021年2月26日、済州4・3特別法の改正案が韓国国会を通過しました。今回の改正は、追加真相調査の実施、被害者特別再審の新設、被害者への慰謝料支給などを含む全面的なものです。

今回の法改正により、受刑者が名誉回復を求める再審の申請・決定までの期間が大幅に短縮されます。また被害者や市民運動が求めていた政府の賠償・補償については、被害者に「慰謝料」を支給する内容となりましたが、これは「賠償」とすべきと批判する声も根強く存在しています。

しかし、2000年1月に公布された特別法の全面改正は、長年、被害者や市民運動が求めていた内容が大幅に盛り込まれた重要な成果と言えます。

さしあたりここでは、韓国での報道記事の一部の翻訳と、その他、主要記事へのリンクを掲載します。(掲載記事は随時更新します。)

[2021.3.24追記]ハンギョレ記事「「和解・相生を語りながら…」軍・警察に立ち向かったという理由で消された名前」の翻訳を追加しました。

国家賠償-特別再審、済州4・3特別法、21年を経て国会を通過した!(済州の声2021/02/26 )

国会、384回本会議で済州4・3特別法可決...賛成199名、反対5名、棄権25名

犠牲者に対する国家賠償、特別再審など名誉回復が含まれた済州4・3特別法全面改正案が、ついに国会を通過した。

21年前の2000年、済州4・3特別法が制定されて以来、4・3犠牲者と遺族の念願が込められた全面改正案が通過し、名誉回復はもちろん、国から賠償までされることになった。

国会は26日午後、第384回臨時会第7回本会議を開き、「済州4・3事件真相究明および被害者名誉回復に関する特別法」の全面改正案を通過させた。

済州4・3特別法全面改正案は、この日の本会議で31番目の案件として処理された。出席議員229名のうち賛成199名、反対5名、棄権25名で最終的に可決された。

改正案の処理に反対した議員は、国民の力所属朴大出議員、徐秉洙議員、金泰欽議員、徐正淑議員、金雄議員の5名である。

4・3特別法全面改正案には、追加真相調査、被害者特別再審新設、慰謝料などの特別な支援方案講究などの名誉回復と心の傷を治癒するための内容を盛り込んでいる。

この間、4・3遺族と済州道民が粘り強く要求してきた国家賠償と犠牲者特別再審、追加真相調査が含まれ、その意味は格別だと言える。

4・3特別法全面改正案は、すでに20代国会で呉怜勲議員が代表発議したが、賠補償と再審などの問題により、企画財政部と法務部などが反対し、与野党の合意もなかなか成し遂げられず、行政安全委員会法案小委員会の審査も通過できなかった。

21代国会に入って呉怜勲議員が2020年7月代表発議し、再審の部分は法務部が「特別再審」を一括適用して乗り越え、賠補償に関しては「慰謝料」の名称を使用して政府を説得した。

与野党は行政安全委員会の審査などを経て、この間争点になってきた追加真相調査と関連し、4・3委員会に追加真相小委員会を構成することにして、与野党2名ずつ推薦する委員を追加することにした。

賠補償に関しては、国が犠牲者として決定した人に対して慰謝料などの特別な支援を講じ、必要な基準を設けるよう規定したが、犠牲者に慰謝料などの財政支援を行うための研究用役を遂行し、支援方案を早急に設けるようにした。

また受刑者名誉回復条項と関連しては、軍事裁判受刑者は4・3委員会が法務部に一括職権再審を勧告できるようし、一般裁判受刑者は、個別の特別再審を可能にした。

このほかにも行方不明と決定された犠牲者に関連する法律関係を整理するための失踪宣告請求の特例、4・3事件による身体的・精神的被害を治癒するための4・3トラウマ治癒事業実施などの根拠を盛り込み、犠牲者と遺族の被害を救済し支援方案を設けるようにした。

4・3特別法全面改正案が国会で議決され公布された場合、被害者のための賠補償と軍事裁判受刑者一括職権再審および一般再審受刑者特別再審開始、行方不明者の法律的整理、家族関係登録簿整理などを通じて、4・3の完全解決と正義にもとづいた過去事清算作業がより弾みのつくことが期待される。

4・3特別法全部改正案、21年ぶりに国会議決...73年ぶりにやってきた春(済州日報2021/02/26)

26日、本会議通過...犠牲者慰謝料支援、特別再審、追加真相調査の根拠を盛り込む

済州4・3事件真相究明および犠牲者名誉回復に関する特別法(4・3特別法)全部改正法律案が21年ぶりに国会を通過した。国会は26日午後本会議を開いて4・3特別法全部改正案代案に対する投票を実施し、在席議員229人中賛成199人、反対5人、棄権25人で可決を宣言した。

この日4・3特別法改正案がついに最後の関門を越え、4・3事件犠牲者慰謝料(補償)支援など完全な4・3解決に向けた転機がきずかれた。とくに「私たちの4・3が暖かい春として記憶されるそのときまで」をスローガンに開かれる第73周年4・3犠牲者追悼式を控えて大きい希望の贈り物となった。

この日通過した改正案はこれまでの17の条文を31の条文に拡大した。国家が犠牲者と定めた人に対して慰謝料などの特別支援を講じるものとされている。4・3事件犠牲者の特別再審、4・3委員会の追加真相調査審議・議決、行方不明と認定された犠牲者の失踪宣告請求特例、済州4・3トラウマ治癒事業の根拠規定なども盛り込まれている。さらに、犠牲者と遺族の4・3事件解決のための意見提出、国家の犠牲者と遺族名誉回復のために必要な措置をとる責務を国家が負うことも規定されている。

これに先立ち国会行政安全委員会法案審査第1小委員会は去る8日、行安委は去る18日それぞれ呉怜勲議員(ともに民主党・済州市乙選出)と李明洙議員(国民の力・忠南牙山市甲選出)が発議した改正案を修正、行安委委員長の対案として通過させた。引き続き去る25日法制司法委員会の議決手順を踏んだ。

4・3特別法は第15代国会当時の1999年12月16日与野党全員一致で国会本会議を通過して制定されたものである。

文大統領、済州4・3は賠補償の根拠を準備、意味ある進展(ノーカットニュース2021/03/02)

済州4・3遺族会、賠補償の性格の慰謝料を集め、基金として造成

賠補償の根拠を盛り込んだ「済州4・3事件真相究明および被害者名誉回復に関する特別法」(4・3特別法)全面改正案が先月26日、国会を通過したことについて、文在寅大統領は「意味ある進展」と評価した。

済州4・3遺族会は賠補償の性格の慰謝料を集め、基金として助成する方案を推進することにした。

文在寅大統領は2日、青瓦台国務閣議で「国家暴力に対する責任を明示し、犠牲者に対する賠補償の根拠を準備したという点で、非常に意義深い進展」と4・3特別法改正案の国会通過を喜んだ。

真実究明と名誉回復、被害補償措置は、無念のうちに犠牲となった国民に対する国家の当然の責務だとも述べた。

文大統領は「タブーであった4・3についての特別法を制定し、真実の扉を開いた金大中政府、大統領として国家の責任を初めて認め公式謝罪した盧武鉉政府に続き、韓国政府が再び大きな進展を遂げ、やりがいを感じている」という所感も明らかにした。

そのうえで「政府は4・3特別法の意味をよく生かし、4・3犠牲者に対する公正かつ合理的な被害補償基準の整備と追加真相調査、特別再審などの後続措置を滞りなく履行する」と強調した。

このような中、4・3遺族会は賠補償の性格の慰謝料を集め、基金として助成する方案を推進する。

犠牲者追悼と遺族の福祉、真相調査など、4・3の完全な解決のための資金として使うということだ。

行政安全部は9月までに支給の性格と方法、財源調達方案などの研究労務を進め、補完すべき立法を準備することにした。

これにより4・3の犠牲者などの慰謝料の支払いは、来年の予算案に反映されるものと思われる。

なお2000年には、4・3特別法が制定されて以来、犠牲者として1万4533人が決定されている。 

呉怜勲議員が語る済州4・3特別法全面改正案の過程と意味(ノーカットニュース2021/03/04)

4・3特別法改正案を代表発議、「共に民主党」の呉怜勲国会議員
遺族会、「生きていたらこんな日も」…希望を失わなかった4・3遺族
20代国会発議当時、財政当局の同意なく、与野党の合意不可
21代国会では具体的な賠補償基準を提示
部署間の意見は分かれ「用役を先行させてから、特別法を処理しよう」という意見も
李洛淵代表を説得した後、高位与党・政府・青瓦台会議で再稼働が結局可能に
研究用役で法条文の表現、国内外の事例を研究した後に、補完立法を行わなければ
4・3の解決のための法律的土台が設けられたので、今後の課題は「正名」
追加真相調査で米国の責任を究明する関連文書の調査に集中せねば

■放送:CBSラジオ<時事マガジン済州> FM済州市93.3MHz、西帰浦90.9MHz(17:05∼18:00)
■放送日時:2021年3月3日(水)午後5時15分
■司会者:リュ・ドソン アナウンサー
■対談者:共に民主党・呉怜勲国会議員(済州市乙)

道民の念願である4・3特別法全面改正案が国会を通過し、大韓民国の過去事解決の模範になっているという評価を受けています。今日は、この法案を代表発議した共に民主党・呉怜勲議員を直接招待して、この間の経過を整理してみます。議員、こんにちは。

◇リュ・ドソン>まずはご苦労さまでした。感想を一言いただけますか?

◆呉怜勲>まだちょっと実感がわきません。法案を通過させるために努力してきましたが、いざ通過してしまうと、実感がわかないと表現するしかないんです。73年間、国家責任を果たせなかった部分が解決できる転機をつくり、4・3の完全な解決ができる、そんな始まりになったという点について、非常に嬉しく思っています。

◇リュ・ドソン>昨日、私が遺族会会長にインタビューをしたのですが、こんなお話をなさるんですよ。周囲の遺族の方々が「生きていたら、こんな日も来るんだな」。こんなふうに話されたとおっしゃるのですよ。どのように受け止めますか?

◆呉怜勲>生きていたら、こんな日も来る、というのは、それほど痛みが大きかったと思われますね。記憶を引き出すことさえ辛かった、過ぎ去った時期を象徴的に表現してくれるようです。しかしながら、人が生きていくうえで、希望を失わなかったら生きていけるというメッセージを含んだ表現だと思えるんです。それはまた、このコロナ19パンデミックを経験している私たちに対するメッセージでもありうるという気がします。

◇リュ・ドソン>私が知るところでは、議員も遺族会活動をしていたと記憶していますが。個人的にも格別でしょう?

◆呉怜勲>私も遺族の一人ですから格別です。私の祖父と曽祖父が4・3当時、犠牲にあって、また最近私の祖母が亡くなって、少し心残りです。もう少し早くこの法が通過していれば、という思いを持つ遺族の方々もまた多いはずです。

しかしながら、済州道民みなが遺族だと言えるでしょう。そんな点で、少し幸いな部分でして。これからは少し人間らしく生きていける、そんな道が開かれたのはないかという気がします。

◇リュ・ドソン>ともかくこの法案は、議員が20代国会の時から改正を試み、5年を経て日の目を見ました。先の20代国会では、どのようなところが非常に困難だったのでしょうか。

◆呉怜勲>20代国会で代表発議しましたが、行政安全委員会の法案審査小委員会を通過できませんでした。それは大きく二つの理由です。第一の理由は、与野党合意がなされなかったという理由があり、第二の理由は、政府、特に財政当局の同意がなかったという点のために、与野党合意をさせることができず、敷居を越えられなかったのです。

ところで今回は、その二つの問題が解決されたのです。議論の過程で財政当局の同意も得て、そして与野党合意で処理できる、そんな過程をつくり出したということが、21代国会で処理できた要因ではなかったかと思います。

◇リュ・ドソン>財政当局の同意についてですが。対政府質問の時に、政府を相手に賠補償の当為性についても、議員が直接答弁を引き出してくださいましたよね。政府の認識は大きく変わりましたか?

◆呉怜勲>政府の認識が変わることになったのは、もちろん20代国会でも主務部署である行政安全部は賠補償をしなければならないという答弁をしたのですが、企画財政部を中心にした財政当局は同意しなかったのです。そこでの主張は何かと言えば、私が提出した4・3特別法案の内容に、賠補償の基準が含まれていなかったという主張を続けました。

そこで21代の時に発議した時は、私は賠補償の基準を最初から提示し議論しようと、このようになったのです。こうして、朝鮮戦争前後の民間人犠牲者事件で再審裁判を受けた判決によって受け取った慰謝料総額の平均を、基準として提示したのです。

それが1億3000万ウォン程度で議論が始まったのです。こうして財政当局でも動くことのできるきっかけをつくり、決定的な要因は、政府と与党が推進している高位党政青[与党・政府・青瓦台]会議で転換されたと見ることができます。

◇リュ・ドソン>それが最も重要なポイントだったようです。どのようにして、そのように高位党政青会議にまでたどり着くことになりましたか?

◆呉怜勲>まず、部署間の意見が違った時は、高位党政青会議を通じて決定方向を決めてくれるじゃないですか。でも大統領の公約ですよ。約束があって、そして4・3追念式に二度も来られて約束した事項なのに、主務部署である行政安全部や法務部は同意しているのに、財政当局は企画財政部が同意しなかったところから、この部分をどう説得すべきだろうか? という問題だったのです。

それで当初はまず用役を実施し、6カ月後に法案を処理しようという案でした。青瓦台と財政当局の案だったのです。私の立場では受け入れられず、ちょうどその当時は李洛淵党代表が隔離中の状態で、高位党政青会議で決定される事項なので、私が代表に申し上げたのです。とうてい受け入れられない案です、と。そうすると代表が頷いてくださり、その次の週に高位党政青会議に赴かれて変化を引き出す、そんな過程がありました。

◇リュ・ドソン>そのように政府、当局も説得される部分があって、国会でも雰囲気が変わりましたね?

◆呉怜勲>政府が同意することになれば、野党が反対の論理を持ち出すことは難しいのです。そうして野党の協力も得られるきっかけをつくったのです。

◇リュ・ドソン>では、研究用役を経て、来年の本予算にすぐに反映されるのですか?

◆呉怜勲>反映するのが、今の政府と与党の立場です。それが法的に、このように規定されてはいないのですが、法的な根拠を持つようになり、6カ月の用役が終わることになれば、第一に補完立法をしなければならないのです。賠補償についての立法手続きが必要なのです。

その次、第二には、その用役の過程で賠補償金額と基準、それから支給方法を提示するようになっているので、課業指示書にはすでにそのようになっています。そのようになれば、その用役の結果にしたがって、企画財政部は8月末までに政府予算案を編成し、9月1日に国会へ提出しなければならないのですよ。

こうして8月までに政府予算案にその内容を反映することで、与党・政府間で合意を終えた状況です。ですから用役が順調になされるよう願わなければなりません。追加立法がなされなければなりません。そうなれば、来年2022年の政府予算案が国会で予定通り通過すれば、2022年に開始できるでしょう。

◇リュ・ドソン>今回、行政安全委員会で議論になった時、別の争点はなかったのですか?ひょっとして遺族会で要求する他の部分は、ありませんでしたか?

◆呉怜勲>遺族たちも賠補償と関連し、慰謝料などというその表現に対して、残念さを提起するところもありましたが、全体幹部会議を通じて、運営委員会会議を通じて、首肯してくださったので、議論を上手く導けたと思います。もちろんまた野党でも、そのような主張をしました。

しかしながら、私たちはすでに2月から用役を始めており、その用役で法の条文の表現をどのようにするのかも盛り込むことにしました。ですから賠補償にすべきか、それとも今のように慰謝料などにすべきか、その用役の結果、外国の事例と国内外の事例を分析した後に適切な用語を提示することにしたので、その用役の結果にしたがえば、与野党が同意できるのではないか?と考えたのです。

そして行政安全委員会の法案審査過程において、野党側から追加真相調査に関連する問題提起が多くありました。もちろん私が代表発議した法案内容にも、追加真相調査と関連して、真相調査団の構成をはじめ、さまざまな内容が含まれていましたが、行政安全部では同意しがたいという立場でした。

それで野党側も最後まで要求をして、中央委員会の傘下に小委員会を置くことにしたのです。そして、国会が与野党の推薦によって4名の委員を追加できることにし、その方々が中心になって小委員会を構成して[追加真相調査を]できるように処理したということ。追加真相調査の道を明確に開いたというところに意味があるようです。

◇リュ・ドソン>今回の改正案通過をめぐって、わが大韓民国の過去事の模範となりうる事例になったという評価をいただいています。わが国の過去事にはどのような影響を与えることができると思いますか?

◆呉怜勲>大きく二つの影響ですね。今4・3と関連しても、個別的に多くの犠牲者遺族の方々が個別訴訟を通じて再審を請求し、再審で勝つことになれば、また刑事訴訟を通じて賠補償の請求をするじゃないですか? そうしてまた勝つ事例も出ているのです。

ところで、これは済州だけに存在するのではなく、朝鮮戦争後、当時の国家暴力によって犠牲となった多くの過去事事件が存在しています。ところで、そのような部分は、大部分がもちろん個別の法で進められた部分もありますが、真実と和解のための過去事基本法で扱われる場合もありますね。

この二つの問題が解決されるということは、第一に賠補償基準の道が開かれたので、他の過去事の問題解決においても、犠牲者として確定されることになれば、遺族の方々に補償できる道が開かれたのです。

犠牲者として決定されれば、その次の第二として、個別的に進行してきたこの裁判の過程を例に挙げて、私たちのような場合は、軍事裁判のような場合には、4・3特別法による中央委員会でまとめて法務部長官に、一括職権再審を勧告できるようにしておいたのです。

そうすれば個別的に裁判を請求せよということではなく、まとめて4・3犠牲者である場合に、不法な軍事裁判を受けた方々のような場合には、名誉回復の道が一括して開かれるということが、大韓民国の司法の歴史を書き直したのですよ。途方もないことです。

このような部分が、異なる朝鮮戦争前後の民間人虐殺事件、犠牲者事件にも影響を及ぼすという点で、大韓民国の過去事全体の問題を解決していく、そんなよい事例をつくり出した。このように評価できると思います。

◇リュ・ドソン>ともかく4・3の完全な解決については、法律的な土台がつくられました。残っている課題は、白碑をどのように建てるべきか、だと思うのですが。どのような努力が必要でしょうか?

◆呉怜勲>追加真相調査と関連してさまざまな提案があります。個別の事件に対する調査をさらに追加して行わなければならないとか、また個別的な出来事に対して、事案に対して調査しなければならないという主張もあります。

しかしながら、私はこれをもう少し広く見なければならないと考えています。もちろん重要なことに、遺族会では4・3関連団体から提起する問題については、追加真相の道を開いておかなければなりませんが、まさしく先ほどおっしゃったように、白碑をどのように建てるべきか?という問題、正名にもう少し集中しなければならないと考えます。

そうだとすれば、当時、加害者の位置にあった米軍政の役割を、もう少しはっきりと明らかにしなければならないと思います。ですから追加的な真相調査においては、米国の責任を究明する米国関連文書の調査、この部分にもう少し集中する必要があると考えます。

そうなった時にこそ、米国の責任問題に対して、今や公開的に私たちが問題提起をし、米国に謝ってもらわなければならないことがあるならば、謝ってもらわなければならない。その段階にまで進むことが、私たちに残された課題だと考えます。

「和解・相生を語りながら…」軍・警察に立ち向かったという理由で消された名前(ハンギョレ2021/03/22)

刻名碑の中に消された名前、なぜ犠牲者ではないのか
犠牲者から排除された遺族、4・3のトラウマに苦しみ
20年前の憲法裁判所「但書条項」に排除者規定
「和解と相生、包容」4・3特別法の精神に合わせねば

「孫たちが訪ねて行っても自分の夫の話をよくします。時代に間違って出会い、無念のうちに亡くなったと口癖のように言います。つらかった過程をどうして言い尽くすことができるでしょうか。」

済州道庁初代4・3事件支援事業所長を務めたキム・ドンファさん(78)は、母(101)から父についての話をよく聞くが、「4・3」の話が出さえすると、心の片隅に複雑な思いがよぎる。キムさんの父親(当時27)は1949年6月、軍事裁判で死刑宣告を受け、同年10月に行方不明となった。キムさんは遺族の犠牲者申告を督励しはしたものの、実際には自分の父は犠牲者として名前を掲げられなかった。父がいわゆる「武装隊幹部」として活動したという理由で、国務総理室傘下の済州4・3委員会の犠牲者審査過程で「不認定」されたからである。

1947年の3・1事件以後、警察に折に触れて呼びつけられ苦痛を経験していた父が「入山」したのち、祖父と祖母の二人、叔母は警察に連行され虐殺された。

キムさんは「2000年当時、犠牲者申告を撤回せよという話を聞いたが、申告を督励する立場では撤回できなかった。結局、犠牲者審査で不認定となり、訴訟も提起したが敗訴した。和解と相生を語りながら、数名だけを犠牲者の範疇から排除していいのか」と話した。

済州市奉蓋洞の済州4・3平和公園に行くと、円形の空間に1万4千名を超える犠牲者の名前を村別に刻んだ刻名碑がある。その中には消された部分が目を引く。犠牲者申請をしてから撤回を要求され、名前が消された人々だ。刻名碑の案内板には「恨(ハン)で凝り固まった犠牲者の魂を慰め、遺族を慰労」するために設置したというが、慰労されなかった遺族たちは、いまだに4・3のトラウマに苦しんでいる。

キム・ナンギュさん(82)も毎年4月3日が巡ってくれば胸が痛くなる。新村初等学校教師だった父が山に逃げると、すぐに祖父と祖母が西北青年会に連行され銃殺された。母も父の入山後、朝天里収容所に収監されたのち銃殺された。

キムさんは、山で活動していて警察に捕まり犠牲になった父を、4・3犠牲者として申告したが、非公式に申告撤回を要求された。キムさんは「子は連座制の被害を受け、父の位牌は4・3平和公園位牌奉安室から撤去された。父の位牌が下ろされた後、3日間泣いた」と話した。

委員会が犠牲者審査・決定を行う際に基準にしたのは、2001年の憲法裁判所の判断である。憲法裁判所は、保守勢力が2000年の4・3特別法制定直後、違憲の趣旨で請求した憲法訴願審判に対して却下を決定しつつも、「4・3勃発に責任がある南労党済州道党の核心幹部と、軍警の鎮圧に主導的、積極的に対抗した武装隊の首魁級らは、自由民主的な基本秩序に反するので、犠牲者の範囲から除外されなければならない」と指摘した。

委員会はこれを根拠として犠牲者の審議・決定の基準を決めた。この但書条項によって犠牲者から排除された「犠牲者」は、10~20余名程度と言われている。遺族がはなから犠牲者申請をしなかったり、申告をしたものの委員会の審議に先立って、非公式に撤回を要求され撤回した場合が大部分である。

専門家は4・3の真の解決のためには、寛容と包容が必要であると指摘する。

李在承建国大ロースクール教授は、2019年に済州で開かれた4・3学術大会で「「自由民主的基本秩序」と「大韓民国アイデンティティ」を押し立て、蜂起主導者たちの犠牲者としての地位を剥奪したが、これは1948年4月3日の蜂起者たちにとっては、まだ確立していない法観念だった。憲法裁判所の排除決定は、和解と相生の観点から再考されなければならない」と語った。

朴贊殖前済州4・3研究所長は「4・3犠牲者には軍警、右翼団体出身など、いわゆる加害者側に属する人々も入っている。4・3解決の過程で遺族や道民が受け入れたのは、寛容の精神だった。遺族会が加害者を包容したように、当時の抗争派も時代的な犠牲者と見て、寛容の精神で包容しなければならない」と述べた。

済州4・3研究所関係者は「4・3委員会が犠牲者決定基準を論議した20年前には、賠・補償問題についての言及はなかった状況だったが、今はこの問題を法に盛り込んだ。犠牲者排除の対象を定めた但書条項を再検討しなければならない。死者は差別されずに、哀悼される権利を享受しなければならない。4・3特別法の精神は和解と相生、包容である」と語った。

徐台教「韓国で『済州4.3事件特別法改正案』が成立、被害補償・名誉回復などに大きな弾み」(Yahoo! JAPANニュース2021/02/27)

済州4・3特別法改正案国会通過【動画】(済州MBCニュース2021/02/26)

4・3特別法改正、意味と課題【動画】(済州MBCニュース2021/02/26)

文京洙「4・3特別法改正:日本から見た視角」(済州日報2021/03/03)

声明「20余年ぶりの結実、済州4‧3特別法改正通過」(済州平和財団2021/02/26)

済州を訪れた李洛淵代表「4・3、和解と相生の未来が今こそ始まる」(ヘッドライン済州2021/02/28)

済州遺族会、国家慰謝料「基金造成」言及に関心(済州の声 2021/02/27)

秋美愛、済州4・3特別法通過に「お月様もお祝い…21年前の願いを成し遂げて」(毎日新聞2021/02/27)

民官一つになって過去事解決の新しい転機を準備…「4・3解決の完結ではなく始まり」(済州の声2021/02/26)

4・3治癒のさらなる一歩…4・3特別法通過の意味と課題(ノーカットニュース2021/02/26)

済州道、4・3特別法全面改正後続措置準備本格化(ヘッドライン済州2021/02/26)

4・3団体、一斉に歓迎…「賠補償など後続措置期待」(済州の声2021/02/26)

済州4・3研究所「4・3特別法改正案国会通過、積極歓迎」(ヘッドライン済州2021/02/26)

済州道民連帯「4・3特別法全面改正案国会通過歓迎」(ヘッドライン済州2021/02/26)

 

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